母の血尿を発見したのは、2025年12月20日の夜だった。
けれど、今思えばその兆候は、すでにその少し前から現れていた。
12月18日。
廊下の床に、点々と続く水滴の跡を見つけた。
「あれ……?」
最初は、母が手を洗ったあとに水をこぼしたのだろう、
あるいは、濡れたスリッパの跡かもしれない、
そんなふうに、深く考えずに拭き取った。
まさか、それが“異変の始まり”だったとは、
そのときの私は、思いもしなかった。
ついに、その日が来たのかもしれない。
「リハビリパンツが必要かな……」
そう思いながら、
今日の帰りに薬局で買ってこようか、と考えて家を出た。
ちょうど生理用ナプキンがあったので、
ひとまずそれを母に渡して。
帰宅すると、
そのナプキンが消えていた。
ゴミ箱にも、ない。
――まさか。
嫌な予感がしてトイレをのぞくと、
案の定、ナプキンを流してしまっていて、
流れが明らかに悪くなっていた。
取り出そうにも取り出せない。
それでも母は、
「流れが悪いから」と何度も水を流す。
何回も流したらダメだって言ってるのに。
詰まりはどんどんひどくなり、
私は完全にパニックになった。
慌てて、夜中に詰まりを取ってくれる業者を探す。
ようやく捕まえた業者は、
「朝7時なら行けます」と言ってくれた。
――これなら、仕事には間に合うかもしれない。
実は最近、
叔父叔母の介護居室への引っ越しで年休を使い切る勢いで、
もうこれ以上は休めない、
そんな状況だった。
その夜は、
災害用に備えていた非常用トイレを使って、
なんとかしのいだ。
そして朝。
ようやく、
トイレの詰まりは収まった。
翌日から、
母が何度もトイレに行くようになったことに気づいた。
どうしてだろう。
とりあえず、
リハビリパンツを買って履かせることにした。
母は、特に抵抗する様子もなく、
それを受け入れた。
そして、そこで気づいた。
……え?
これ、血尿だよね。
生理用品で隠れていたものが、
はっきりと目に見える形になった瞬間だった。
迷っている時間はなかった。
月曜日、
仕事を休んで、母を泌尿器科に連れて行った。


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