介護日記43 母と過ごした、最後の夜

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朝7時。
ベッドから出てリビングへ向かう。

和室で寝ていた叔父も起きたようで、リビングに来た。
テレビをつけ、9時の葬儀社からの連絡を待つ。

まったく食欲はない。
それでも叔父がいるので、お茶を入れ、病室で非常食として買っていたポテトチップスやカップ麺を勧める。

叔父もお腹が空いていたようで、カップ麺をすぐに食べ終えた。
親戚の話などをしながら、時間を過ごす。

9時、葬儀社へ。

葬儀の打ち合わせ。
遺影、葬儀プラン、必要書類の記入、花の有無など、細かなことを一つひとつ決めていく。

会葬御礼の文章は、定型文ではなく、故人の人柄が伝わるようにインタビュー形式で聞き取り、それを文章にしてくれるという。

土日ということもあり、職場への報告は月曜日にすることにして、1日で行う家族葬に決めた。

参列者は5名。
叔父の家族3名と、私、叔母。

ひとりで見送ることになると思っていた私は、
5人で送れることがとてもありがたかった。

通夜は行わず、告別式と火葬のみ。

打ち合わせは11時に終了。

叔父には一旦自宅へ帰ってもらい、翌日の葬儀に参列してもらうことにした。

15時まで、母は湯灌(ゆかん)というかたちで、さらにきれいに整えてもらうことになっている。

私は一度自宅に戻る。

母の遺影用の写真を担当者へメールで送り、背景や仕上がりを決める。
背景は薄いピンクに。
服装は修正もできるが、母らしさがなくなる気がして、そのままでお願いした。

葬儀で流す写真も数十枚選ぶ。

若い頃の母、アルバムの中の母。
写真を眺めながら、懐かしさに包まれる。

気づけば、あっという間に14時。

先ほどのインタビューをもとに作られた会葬御礼の文章を確認する。
とても素敵な仕上がりだった。

朝から何も食べていなかったことに気づき、冷凍ご飯をかき込む。

15時、葬儀場へ。

きれいに整えられた祭壇の上に、母は静かに横たわっていた。

2人の女性スタッフが現れ、母の身支度を整えていく。
私も一緒に、顔や手足を拭くお手伝いをする。

病院でもメイクはしてもらっていたが、今回は本格的なもの。
さすがプロで、艶が出て、血色の良い、とても美しい仕上がりだった。

上品な母が、戻ってきたようだった。

そして――
棺に母を納める。

当然のことながら、全身は見えなくなり、
顔もガラス越しにしか見ることができない。

また寂しさが込み上げて、涙があふれた。

17時、会場の設営が完了。

花々に囲まれた祭壇はとても美しく、
この葬儀社にお願いしてよかったと心から思った。

17時半にはスタッフの方々も帰られ、
ついに母とふたりきりになる。

今日は、母とずっと一緒にいられる。

少し落ち着いたところで、お世話になった友人たちへ連絡をする。
やはり、ひとりは寂しい。

多くの友人は、
「落ち着いたらお線香をあげに行かせてね」と言ってくれた。

そんな中、
今夜私が母とふたりきりだと知り、駆けつけてくれた友人が2人いた。

母の顔を見てもらい、話を聞いてもらう。
それだけで、少し元気が出てきた。

母もきっと、私と友人が話している様子を見て、安心してくれていたと思う。

私はひとりではない。
こうして気にかけてくれる人がいる。

本当にありがたいと、心から思った。

23時。
母が見える部屋に布団を敷く。
来てくれた友人が、一緒に準備してくれた。

そのまま横になり、眠りにつく。

朝4時まで、目が覚めなかった。
久しぶりに、少しだけ眠れた気がした。

今日は、母の葬儀。
しっかりと見送らなければ。

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