三月二日 母手術後、初受診。
医師からはっきり言われた。
「もう積極的な治療は難しい。緩和ケアへ移行になります」
頭の中が一瞬、真っ白になった。
確かに血尿はひどくなる一方だったし、
良くなっているとは思えなかった。
それでもどこかで、普段の生活に戻れるかもしれないという希望を、私は捨てきれていなかった。
治す医療は終わり。
支える医療へ。
医師は地域連携室につなぎ、緩和ケア対象の病院をいくつか紹介するので、今後はそこで診ていくことになると説明した。
炎症はあるが、前回と数値は大きく変わらない。
ただ、がんは深い。
本来なら膀胱全体を摘出する治療になる。
けれど、90代の母にその体力はないだろう、と。
現実は静かに、でも確実に、方向を変えた。
診察後、地域連携室のスタッフがいくつかの緩和ケア病院を紹介してくれた。
ちょうど近所に病院があったので、そこを第一希望にお願いした。
もし何かあったとき、緊急の受け皿が必要だ。
可能な限り自宅で看たい。
でも、強い苦痛を伴うのであれば、入院も選択する。
わかっていたようで、わかっていなかった現実。
それでも――
その日の母は、
クリミールをいつもより多く飲み、
ご飯も数口、自分から食べた。
緩和ケアに移行と言われた日に、
命はちゃんと動いていた。
希望なのか、
偶然なのか、
それとも命の揺れなのか。
私はまだ、答えを持っていない


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